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12月8日午後4時9分にプロ野球でヤクルト、楽天などの監督を務めた野村克也氏(82)の妻で「サッチー」でいおなじみの野村沙知代(のむら・さちよ)さんが85歳で亡くなりました。虚血性心不全でした。

 

私にとって野村沙知代さんの記憶と言えば、ミッチー・サッチー騒動が思い浮かびます。ぶっちゃけかなりパンチの効いた人物で敵も多かったのではないでしょうか・・・。

 

しかし、実際はどうなのか調べてみたら、良し悪しは置いといてある意味非常に強い女性であったことが分かりました。

 

今から記載していくことから、野村沙知代さんと野村克也さんの人生をみなさんで判断して下さい!

~野村沙知代さんとはどんな人?~

1932年3月26日に福島県に生まれました。幼少時からよく嘘をついたり、万引きなどで度々警察沙汰を起こしていたようです。終戦後の数年は、東京のホテルで皿洗いのアルバイトやアメリカ人を相手にしつつ、生計をたてていたといいます。

 

その後、家族に手紙を送ったり、妹たちをホテルに呼び米兵からもらったチョコやコーラを与える他、妹たちの学費の援助もしていました。

 

実際あまり良くないイメージが多いですが、家族思いの面もあったのですね~。

 

野村克也さんがヤクルトの監督就任してからは、辛口タレントとしてテレビ番組で活躍、96年には新進党から衆院選に出馬したが落選しました。さらに2001年には法人税法違反の容疑で逮捕されています。

 

また、野村克也さんとの結婚前に前の夫、アルビン・ジョージ・エンゲルさんとの間の二人の子どもは元プロ野球選手です。特に長男の団野村さんはメジャーリーグの交渉代理人として有名です。

 

野村克也さんとの間に生まれた克則さん(カツノリ)阪神タイガースなどを経てヤクルトでコーチになっています。

~悪名高かったサッチー・・・~

実際に前述したことの他にも、様々なトラブルで世間を騒がせました。例えば、テレビで古田選手について「殺してやりたいほど憎い」と発言していました。

 

他にもカツノリが在籍していた堀越学園野球部の監督に「クビにするのは簡単」と脅したり、当時石井選手と交際していた神田うのを批判したりと、やりたい放題でした。

 

ちなみに古田選手との仲が悪化したのは、中井美穂さんと交際していた彼が沙知代の持ってきた縁談を断ったことと、カツノリとのポジション争いが原因だそうです。八つ当たり感が半端ないですね・・・。

~二人の出会い~

そんな彼女と野村克也さんとの出会いも勿論ふつうではありません。

 

中華料理屋の女主人からの紹介で、結果から言うとダブル不倫関係になりました。沙知代さんは最初、結婚していることも、子供がいることも隠しており、騙されたことに気付いた野村さんは別れようとも考えました。

 

しかし、周囲の猛反対をよそに付き合い続け、沙知代さんは41歳の時にカツノリを産みました。野村さんは前妻との離婚が未成立だったので、沙知代さんとの結婚はそれから5年ほど経ってからでした。

 

ダブル不倫て・・・!でも結局なぜ野村さんはサッチーを選んだのでしょうか!?

~二人の相性は良かった!?~

野村克也さんと言えばID野球や頭が切れることで有名だが、貧しい家庭で育ち大学野球が盛隆を極めたころに、自身は高卒のテスト生として南海に入団した経緯などから卑屈な面も目立ちます。

 

反対に沙知代さんは怖いものなしの自信家。実はこういう卑屈(男)×自信家(女)の夫婦は珍しくなく、ジョンレノンとオノヨーコの二人もそうだったようです!

 

実際、沙知代さんとの出会いから、どんな逆境にも負けず、選手時代だけでなく名監督とも呼ばれることになりました。卑屈な野村克也さん一人では球界に名を残すまでにはなってなかったように思います。

~まとめ:野村監督にとって~

「サッチーは最高の妻」この言葉はどんなに沙知代さんが批判されても言い続けていたことを覚えています。
実は野村克也さんは幼い頃に、父を亡くしています。

 

それ故に、母親に対する愛情は深く三歩下がって歩く「古き良き妻」よりビシバシ言う人つまりにサッチーのバイタリティに惚れたのではないでしょうか?

 

マスコミの「どんな奥様でしたか?」という問いかけにも「いい奥さんでしたよ」とうなずいて答えた姿から、色々なことがありましたが二人にしか見えない絆は確かにあったのだと思いました(^^)/

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